Category: 旅行

111029_104437.JPG11月3日で6歳の誕生日を迎える孫娘を連れて、先週の土曜日久し振りに鎌倉を散策した。池袋から湘南新ラインに乗り、丁度1時間で北鎌倉に到着し、円覚寺からあじさいで有名な明月院、昼食を済ませた後、鶴岡八幡宮を巡って小町通りを通り鎌倉駅で江ノ電に乗った。目指すは、長谷寺の観音さまと近くの大仏様である。時間が有れば、江の島まで足を延ばすつもりだったが、孫との約束通り大仏の中に入ったり、展望台から相模湾を眺めて居たらいつしか時間が超過し、横浜中華街の夕食時間が迫って来たため、止めにして宿泊地の横浜に向かった。

実は高校時代から鎌倉にはちょくちょく遊びに来ていたが、長谷の観音様と大仏様を観るのは初めてだった。それも直ぐお膝元にまで来ていたのだが、当時は若くて興味がなかったのかもしれない。と言うのは、高校時代の友人で鎌倉の長谷から私が通う武蔵小金井の中央大学付属高等学校まで通ってくる友人が居て、夏場は彼の家を拠点にして近くの由比ヶ浜に友達数人と繰り出していたのだ。彼の名前は吉田輝彦君、親父さんは弁護士で当時弁護士会の会長をされていたような記憶がある。居宅は、1100坪の敷地に立つ大豪邸で、隣は女優の香川京子さんの家だった。

111029_110730.JPG                     <修行僧が行き交う国宝の円覚寺舎利殿

所謂、昔で言うブルジョアの家系で家にはテニスコートが有り、大学に入ってから彼はジャガーを乗り回していた。おまけにお兄さんの愛車がMG、お母さんがフォルクスワーゲンのカブトムシと全て外車にだった事を憶えて居る。親父さんは、中央大学の法学部に行かせて弁護士にさせたかったらしいが、残念ながら彼は余り成績が芳しくなかった。性格も甘やかされて育ったらしく、少し軟弱で大人しく皆から好かれはするものの、からかわれる事も多かった。身体は大きくて少し太っていた為、運動は苦手だったが、テニスだけは上手だったと記憶している。

当時彼は面白い事に、1円玉を集めていた。1円玉は1955年(S30年)に造られた直径20mm、厚さ1.5mm、重さ1gのアルミニューム硬貨であるが、いずれ値が上がると信じていたのかどうかは知らないが、8円を10円玉と交換していた。コメットさんで知られる九重佑三子が好きで、彼女の為に金のネックレスを買って、自宅前で何日も待って渡そうとしたらしい(渡せたかどうかは、定かではない)。彼は高校2年の時、不良グループと付き合って退学になった。恐らく彼の性格からして、利用されたのであろう。

彼は、他の高校に転校し、大学は日大に進んだ。彼が大学を出て、望み叶わず?赤坂で喫茶店を数年間経営していた頃まで、付き合いは続いた。当時、引っ込み思案の彼には珍しく、可愛くて聡明なガールフレンドが出来ていた。その頃の彼の夢は、しょっちゅう遊びに行っていたハワイに彼女と一緒に移住する事だった。或る日の事、暫くぶりにお茶を飲もうとその喫茶店に行った処、その店は無くなっていた。気にも留めずに、それから更に10数年が経過した。その後たまたま彼の鎌倉の実家の近くに行く機会が有って、立ち寄ってみた処、実家は無くなり数軒の新しい家が以前の敷地と思しき土地に建っていた。

きっと今頃海が好きだった彼は、ハワイの海を眺めている事だろうと思う。

111030_083432.JPG      <絶景かな、絶景かな!29日に宿泊した横浜ロイヤルパークホテル59階からの眺望>

800px-Asahiyama-zoo-seimon.jpeg今年の社員旅行は、土日をかけて北海道に行ってきた。新千歳空港に降り立ち、北海道のほぼ中央に位置する「大雪山国立公園」の層雲峡温泉に1泊するスケジュールだが、今回の旅行の目玉は「旭山動物園」である。今朝の≪めざましましテレビ≫でも紹介された旭山動物園は、旭川市にある日本最北の動物園だある。動物の自然な生態が見られる『行動展示』を実施して、一躍有名になったため、近年では北海道を代表する観光地として定着し、日本国内だけではなく海外からも数多くの観光客が訪れていると聞く。昨日も私の周辺で中国語が飛び交っていた。

行動展示』とは、従来の動物の姿形を見せることに主眼を置いた「形態展示」ではなく、行動や生活を見せるやり方である。その方法は、ペンギンのプールに水中トンネルを設けたり、ライオンやトラが自然に近い環境の中を自由に動き回れるようにするなど、動物たちが動き、泳ぎ、飛ぶ姿を間近で見られる施設造りを行っている。冬のペンギンの運動不足解消から始められた散歩は人気イベントで、積雪時に限り毎日開催される。この他、食事時間を「モグモグタイム」と題し、動物の行動を展示する催しも行われているが、これらの行動展示は今後の動物園展示方法の変化に向けて国内外の動物園関係者から注目されているらしい。

今回の「旭山動物園」見物で初めて知った事がある。一つは、青森に住むニホンザルが世界で北限に居る猿である事、そしてニホンザルには以前から言われているボス猿という猿は存在しない事等である。確かに順位(第一オス・第二オス等)は有るものの、その猿のグループを存続させるためのリーダーはメス猿らしい。その他にも、世界に生息する6属19種類のペンギンのうち、主に寒い南極大陸で繁殖するのはコウテイペンギンアデリーペンギンの2種のみで、後は比較的に温暖な南半球の国々に生息している事等である。

上野動物園の何分の一かの規模のこの動物園は、一時期閉園の危機に見舞われた。しかしその後当時の五十嵐旭川市長が復活の為の予算を付けたと同時に、『行動展示』に踏み切ったのだ。2005年11月15日、NHKの番組「プロジェクトX〜挑戦者たち〜・旭山動物園〜ペンギン翔ぶ〜」に取り上げられた事をきっかけに今では、入園者数も上野動物園に肉薄していると聞く。要するに経営は、創意工夫と何事にも恐れないチャレンジが肝要だと言う事の証だろう。

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〈上は「旭山動物園」の正(東)門・下は我が社の女性スタッフとキスをするチンパンジーの赤ちゃん・目の前を泳ぐアザラシ・層雲峡温泉近くの銀河の滝・昔懐かしいスカイラインのCM「ケンとメリー」に出て来たポプラの木・帰りに乗ったピカチューの飛行機〉

今日は、三重県の伊賀市に来ている。最寄りの駅は「伊賀上野駅」で、管理はJR西日本がしているが、伊賀鉄道との共同使用駅だそうだ。三重県の北西部に位置していて、北東部を鈴鹿山系、南西部を大和高原、南東部を布引山系に囲まれた盆地である。低地・台地は少なく、丘陵地が多い。木津川の上流域であり、滋賀県や奈良県、京都府に隣接することから、近畿(関西)地方として扱われる事が多い。

伊賀市の人口は、10万人弱だがその佇まいと歴史から小京都と呼ばれる事もあるらしい。伊賀市と言えば、甲賀と並んで忍者の古里として名高く、4月から5月にかけて「忍者フェスタ」が行われるそうだ。又、「奥の細道」で有名な松尾芭蕉の生誕地としても知られている。今回は、仕事オンリーだが、前回来た時は伊賀上野城や芭蕉が生まれたと言われている屋敷跡も見学した。食べ物は、松坂牛に隠れて余り目立たないが、「伊賀牛」が美味しいらしい。

私は、滅多に肉を口にしないが、今夜は久し振りに大変美味しいと聞いた焼肉屋さんの「森辻(もりつじ)」に行って、カルビやロースをたらふく堪能してみようかと考えている!(^-^)

101110_082920.jpg 280px-Igauenozyo.jpg写真は、伊賀上野城。

昨日からリース業協会の仲間と石川県の≪片山津温泉≫に逗留している。北陸3県のリース業協会が合併して、今日金沢で新たに「北陸建設機械リース業協会」の設立総会と披露パーティを開催するのに、招かれたのである。山中、山代と並ぶ、加賀温泉郷の片山津温泉は、関西の奥座敷とし古くから知られており、私も確か30年程前に一度来た記憶がある。この地は、安土桃山時代に前田利家を祖に、「加賀百万石」として栄華を極めた地である。

温泉街は柴山潟の一部を埋め立てられて作られている。加賀温泉郷のひとつで、北陸を代表する歓楽温泉として知られた。しかし昔40~50軒あった旅館も、今では14軒程に減ってリゾートや老人ホームに変わってしまったという。残念なことに、昔旅館の仲居さんに連れて行って貰ったストリップ小屋も、3軒全て潰れてしまっていた。過疎化の波は、こんな小さな温泉街まで押し寄せて来ているのだ。

2010年の「国勢調査」の結果が出て、都道府県別に見てみると人口増は埼玉、千葉、東京、神奈川など9都府県にとどまったそうだ。即ち、地方の人口の減少に拍車がかかり38道府県の人口が減少しているのだ。地方経済が縮小し、破綻に向かっている。人口の一極集中は、国の崩壊に繋がる為、何とかしなければならない!私がもう少し若ければ、政界に打って出るのだが!考えさせられた≪寂れた温泉「片山津」≫である。

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昨日中古機械の商売で、三重県に行って来た。三重県は数年目に兄弟旅行で「伊勢神宮」に詣でて以来だ。折角来たついでにと、≪鈴鹿サーキット上野城松尾芭蕉生家≫に足を伸ばした。「鈴鹿サーキット」は、ご承知の通り国際レーシングコースを中心としたレジャー施設を併設している世界的にも有名なサーキット場である。建設されたのが1962年で、F1グランプリ鈴鹿8時間耐久ロードレースなどの開催で知られている。F1グランプリは過去富士スピードウエイでも開催されていたが、現在はトヨタの撤退により鈴鹿サーキットだけでの開催となっているようだ。入口には、チェックする女性が二人いたが、改修現場に行くと言ったら通してくれた。えらくセキュリティが甘いのには驚いた。

続いて「上野城」、所謂伊賀上野城に登ってみたが意外と小じんまりしたお城という感じだ。1585年(天正13年)に筒井定次が築城し、1611年(慶長16年)に徳川家康の命を負って藤堂高虎が拡張及び改修を行ったが、徳川に対立していた豊臣家が滅んだため、主要部分の築城が中止されたらしい。1871年に(明治4年)に廃城になったが、今は国の史跡に指定されているという。最後に「松尾芭蕉翁」の生家を訪ねたのだが、ウイークディとあって声を掛けても最初は誰も出て来なかった。

image241.gif古郷(ふるさと)や臍(へそ)の緒に泣くとしのくれ】・・・「年も押し詰まった頃、久し振りに故郷に帰り年老いた自分の生まれた時の臍の緒を見て泣けてきた」と意味か?

何だか侘しさがもろに伝わってくる自筆(コピー)の俳句を眺め感慨に耽った私だが、仕事の合間に一時の安らぎを求めることが出来た一日だった。

101110_104920.JPG 101110_132342.JPG <鈴鹿サーキットと伊賀上野城>