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2011年11月21日(月) ≪AK砲今昔物語≫
ソフトバンクが中日を破って日本一を決めた20日夜の日本シリーズ第7戦のテレビ中継(TBS系)の平均視聴率が、北部九州地区で44・4%(関東18.9、関西20.8、名古屋27.4%)だったことが21日、ビデオリサーチの調べで分かった。瞬間最高視聴率は、秋山幸二監督が胴上げされた場面の62・6%だったというから凄い。秋山幸二監督就任3年目の快挙であるが、秋山と言えば西武に11年間、ダイエーに9年間在籍した走・攻・守に優れた名外野手だった。特に西武時代の1987年にはホームラン王を、1990年には盗塁王を獲得しているが、この二つのタイトルを獲得した選手は、2リーグ制になってからは、彼只一人である。
西武の黄金時代に新人清原和博との≪AK砲≫に加え、バークレオやデストラーデと組んだクリーンナップは、「100本塁打トリオ」と他チームに恐れられた。彼らの歳の差は、5つ、秋山が1962年生まれで、清原が1967年生まれだ。2人は、1994年に秋山がダイエーに移籍して袂を分かった。その後、1997年に清原は憧れの巨人に移籍したが、2008年の最後のシーズンはオリックスで寂しく幕を閉じた。秋山は20年間現役で活躍した後、ダイエーホークス王貞治監督の元で指導者としてのノウハウを学んだようだ。秋山の選手時代に、彼の背中を見て育った選手は数多いる。今年の日本シリーズMVPを獲得した小久保裕紀がそうだし、松中信彦、城島健司、斉藤和巳、井口資仁など後の強豪ホークスの第1期黄金時代を支える選手たちもそうである。
当時の王監督が、秋山を後継者に育てようと考えたのには或る理由が有ったらしい。1999年から秋山はホークスの初代主将に就任し、シーズン終盤からは1番・ライトで出場、文字通りチームを牽引した。そして、西武との優勝争いの最中であった9月8日の対西武戦で松坂大輔から顔面に死球を受け頬骨を骨折するも、その後の試合ですぐにベンチに復帰。フェイスガード付きの特製ヘルメットを作ってスタメン復帰も果たし、9月25日の優勝決定試合で先制点となる先頭打者ホームランを放つなど、ダイエー買収11年目で初めての優勝に大きく貢献した。その時の秋山のひた向きさを見て、王は自分の後継者は秋山だと閃いたという。
一昔前、「大リーグに一番近い男」と言われた秋山は、現役時代はどちらかと言えば地味で話題性では常に清原の後塵を拝していた。しかし今はどうだろうか?秋山は、「名監督」への階段を一歩づつ上り始めているが、片やバラエティ等には引く手数多だが清原は定職を持っていない。皆さんは、歩くとしたらどちらの人生を歩きたいですか?
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プロ野球の新人選手選択会議(ドラフト会議)が27日、東京都内のホテルで行われ大学生ビッグスリーの1人と言われた東海大学の菅野智之投手を、予想に反して日本ハムが引き当てた。最速157㌔を投げるこの右腕は、巨人原監督の甥っ子でドラフト会議直前まで巨人の単独指名が予想されていただけに、本人を含め関係者は複雑な表情である。特に原監督は、1昨年、昨年と何れも巨人志望とされた長野、沢村を単独で指名してきただけに、3匹目のドジョウを狙って文字通り横からすくいとられた格好だ。
当の本人も問われて、「原監督と一緒にプレーしたかった。夢ではなく現実となる日を思い浮かべていた」と答えたらしく、落胆の度合いが測れる。しかし私は、≪結果オーライだよ菅野君!≫と言ってあげたい。パリーグには、今シーズン2リーグ制になって防御率歴代5位(パリーグ2位)の1.27という素晴らしい成績を挙げた田中マー君や5年連続1点台の日本ハムのダルビッシュが居る。特にダルビッシュの記録は、かの金田正一や稲尾和久等の大投手も成し得なかった驚異的な記録なのだ。そのような環境に身を置いて、彼らから学び競い合ってこそ自分の成長が求められる筈である。
昔、「人気のセ、実力のパ」と言われた時代が有った。しかし、今はソフトバンクや日本ハム、ロッテや楽天が地方に根付いたため、今や名実ともにパ・リーグが優勢になりつつある。ソフトバンクが戦力や采配面で1歩頭抜けた感があるが、パは見てて面白い。巨人の原監督は、来年で第二次政権の7年目に入る。彼は、1次を含め巨人の監督をした8年間で4回(日本一2回)優勝をしている。輝かしい戦績であるが、ここ2年は何れもに3位と中日の後塵を拝している。来年若し優勝を逃すとなると、間違いなく彼は辞任するだろう。
どんな場合でも長期政権は、ほころびが出始めるものだ。菅野が原監督と同じチームでプレーをしても精々1年か2年だろう。小さい頃、原監督の引退試合に感動し彼のの率いる巨人を見続けてきた菅野もそろそろおじさんから巣立つ時期が来たのだ。原監督もそう言って菅野を諭すべきである。
ゴルフをやらない方にはつまらない話題かもしれないが、今日はお取引先の方と行ったゴルフの話題である。昨日は久し振りに、雨上がりの『ザ・ゴルフクラブ竜ヶ崎』でプレーした。その昔、新車の建設機械を納めに行った憶えがある有るこのゴルフ場は、バブル絶頂期に造られた大きな木が生い茂る立派なコースだ。現在はPGM(パシフィック・ゴルフ・マネ-ジメント)が経営するゴルフ場だが、幾つか有る近くの姉妹コースに比べメンテナンスが行き届いているため、私が好きなコースの一つである。多少混んでいても我が家から車で約40~50分で行き着くため、アクセスの面でも便利なのだ。
昨日は生意気にもバックティから回ったのであるが、コースは6679ヤード・パー72でコースレートも71.6とやや難しいコースの部類に入るだろう。特にアウトの②番と⑤番のロングホールは共に600ヤード以上あり、多くのプレイヤーにとって厄介な名物ホールとなっている。ところがどうした事か?ハンディキャップ3の②番の612ヤードのロングで初めてパーが取れたのだ、それもバーディ逃がしのパーが。1打目のドライバーがナイスショット、スプーン(3番ウッド)で打った2打目がフックしてラフに捕まったものの、残り195ヤードで使った4番ユーティティも当たってグリーンエッジに。ピンまでの残り約10ヤードをパターで狙ったものの、僅かにピンに蹴られて結果はパー。
「たられば」は好きじゃないが、ピンを抜いていればバーディも夢ではなかったかもしれないと悔んだが後の祭りである。プロでも600ヤード超のロングで、バーディはそうそう取れるものではないだろうから惜しい事したもんだ。しかしフロックは何時までも続く訳はなく、ハンデキャップ1の⑤番ロングでは実力通りトリプルボギーを叩き、結果ハーフは48だった。インは47ストロークで、トータルは95だから今年の平均ストロークとほぼ同じで満足すべきかもしれない。
<左:コースで見掛けたサンシュウの赤い実、右:微妙に曲がりくねった610ヤード⑤番ロングホール>
改めて結果を分析してみるとトリプルボギーを3つ叩いており、しかもアウト・インとも上がり3ホールで5オーバー・7オーバー、トータル12オーバーと崩れたためスコアメイクがままならなかったようだ。後半にスコアを崩すのは、スタミナが切れた証拠で、更に体力アップに努めなければならない事を痛感した1日だった。
昨日、或る造園業のお客さんのゴルフコンペにワイフと共に招待された。コースは千葉の「小見川東急ゴルフクラブ」だったが、スタート直後から生憎の雨が降り出し、2~3ホール目で本格的な雨模様となってしまった。コースは丘陵コースで、林と水とマウンドが基本テーマだけに、スコティッシュムードの攻略性が高いゴルフ場である。アウトは樹木が多く林と水が基調で、インはマウンドやフェアウェイのウェーブ、ポットバンカーなど開放的なリンクス風とアウトとは趣が違っている。グリーンはベントのワングリーンで、アンジュレーションもあり形にも変化があるため、ある程度ピンポジションを把握して攻めないと4パットする恐れもある。
10組のショットガンスタートだったが、私たちは最終組の遅いスタートだったので終了したのが夕方5時近かった。最終ホールでは辺りが暗くなり打ったボールも見えにくく漸く上がって来れたという有様だ。結果は45-45の90ストロークで残念ながら40人中ん014位と不本意な成績だったが、同伴者お二人が気の置けない方々だったので雨中ながら楽しくラウンドさせてもらった。荒天にも拘わらず今年のラウンドの平均ストローク(内緒?)を何とか下回れたのは、この日のために数日間ウイークポイントの矯正のため練習場に通い詰めたお蔭だろう。
ゴルフのお上手な方は、この程度のスコアでと思われるかもしれませんが今の私にとってBAD CONDITIONの中のプレーではベストかもしれない。『努力は裏切らない』というが、今月はシーズンとあって当社のゴルフコンペ(10月19日)を含め、何回かコンペに参加する機会が」ある。精々精進して良い成績を納めたいたいものである。
1991年1人の若者が日本プロ野球パ・リーグのオリックスブルーウエーブにドラフト4位で入団した。その人の名は鈴木一朗、今年日本人として世界に誇れる人物ナンバー1の「イチロー」である。そのイチローが10年連続で打ち立ててきたシーズン200本安打が昨日途切れてしまった。最終安打数が184本で、16本足らなかった。過去10年の平均内野安打数52本が今年36本に終わったそうで、その不足安打数がそのまま未達に終わった要因となってしまったようだ。
彼は2004年に達成した262本の大リーグ・シーズン最多安打新記録他、首位打者日米通算9回、打率3割8分7厘の日本新記録、日米通算3522本安打など数々の金字塔を打ち立ててきた。内野安打が減った理由として、苦手なカットボールを多く放られたとか相手球団が内野手を以前より1~2m前に守らせたのが奏功したとか言われているようだが、10月で38歳になる事から年齢からくる動体視力の衰えと言う説が最も正しい様に思える。
彼は、小学校時代から地元・愛知県の出身町内にある空港バッティングセンターにほぼ毎日通い詰めていたという。バッティングセンターに通いつめるあまり普通の球速では満足できなくなり、イチロー用のスプリングを作って、行く前に電話したそうだ。同センターにはイチロー専用8番打席が現在もあると聞く。なお、同時期に日ハムの稲葉篤紀も同じバッティングセンターに通っていた。稲葉は「隣で同い年くらいの奴がめっちゃ速いボールを簡単に遠くまで飛ばしていた」と話している。
イチローは天才肌だ。そして人一倍努力をするという。天才が努力を重ねたら『鬼に金棒』 である。以前見た彼のドキュメンタリー番組で、人間イチローの一端を垣間見た。アメリカのロードの範囲はとてつもなく広くハードである。番組の中で彼は何時もボストンバッグに持ち歩く枕を見せてくれた。眠れない夜は睡眠導入剤を飲むとも。そして彼の一日は何時も同じリズムと動作で推移して行くという。バッターボックスでの仕草もその一環だそうだ。
日本プロ野球も終盤戦に差し掛かり、首位打者争いも熾烈をきわめて来た。安打数においては、昨日時点でセ・リーグがヤクルトの青木の153本、パ・リーグがオリックスの坂口の164本がトップである。試合数の違いが有るが、2人が残り試合でイチローの184本を凌駕するのは至難の業である。過去に日本プロ野球界で『神』と呼ばれた選手が2人いた。『打撃の神様』川上哲治と『神様・仏様・稲尾様』の稲尾和久の2人だが、今やイチローも『神聖イチロー』と呼んでもおかしくない域に達していると思う。
彼は≪前人未到の11年連続184本≫を達成したのである。来シーズン、若し安打数170本でも≪前人未到の12年連続170本≫なのだ。私は日本球界で晩節を汚す事無く、最高レベルのメジャー・リーグで彼の野球人生を終わらせるべきだと考える!



