Category: 家族
去る9日の日曜日は孫の蒼太郎の運動会で大忙しだった。朝7時40分に家を出て巣鴨の駅で長男家族3人と落ちあい、蒼太郎が通う杉並区荻窪の幼稚園に向かった。9時30分の開会式に間に合い、園長先生の話も聞く事が出来た。只少し戸惑ったのは、開始前の準備体操らしきお遊戯で年少組である当の蒼太郎は直立不動で一切身体を動かさないのだ。「先が思いやられるな」と心配していた矢先に、年少さんの徒競争が始まった。背があまり大きくない彼の出番は直ぐやってきた。結果は4人か5人で走って1番だった。
昼食時に何故冒頭のお遊戯に加わらなかったのか聞いたところ、そのお遊戯の音楽と振付が気に入らなくて『最初からやらないと決めていた』と答えた。又、前日には彼は父親に徒競争で『絶対一番になってやる』と宣言していたらしい。誰に似たのか判らないが、頼もしい?限りだ。幼稚園の運動会なんて久し振りだが、場が盛り上がったのは昼食前の年長さんのバトンリレーである。2組に分かれて年長さん全員が、バトンをリレーして走るのが声を涸らして応援するのは寧ろ父兄の方である。バトンリレーはオリンピックや世界選手権でもドラマが有るものだが、2転3転したものの小差で赤が逃げ切りメデタシメデタシである。
因みに、リレーの起源は古代ギリシャの"たいまつ競走"だと言われている。陸上競技としてのリレーが実施されたのは、1893年のアメリカで考え出したのは2人のペンシルバニア大学生らしい。1マイルを4人でリレーするというものだったが、彼らの考え出したリレー競走は、選手やコーチはもとより大衆にも人気を博し、1895年からは外部の大学、専門学校、高校を招き、大規模な競技会 (ペンシルバニア・リレーカーニバル)に発展したそうだ。何時からオリンピックに採用されたか定かではないが、陸上競技や水泳のリレー競技の決勝は人気の高さから最終日かその前の日に行われるのが通例のようだ。
この日の運動会は無事2時半ごろ終了した。私が思うに幼稚園の運動会としては時間が長い方だろうと思う。年少さんの何人かは疲れたせいか、欠伸をする園児もいたようだ。蒼太郎は、徒競争で1位になったせいか、最後の整理体操である園歌では機嫌よく演じて居た。そっと胸を撫で下ろし、お××ちゃんは家路へと向かったのである。
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2011年9月6日(火) ≪『妹の日』≫
生きぬいておくれ 一人の人に
小さい頃 ぼくを慕って
駈けてきた君よ
それがこの頃 ぼくもまぶしい
美しい娘さ
涙うかべながら 打ち明けた恋
ぼくがついてるよ 幸せになろう
「よかったな! うれしいよ!
どんな事があってもくじけるなよ
ぼくの妹だろ」
君ならばできる
どんなときにも 優しいまごころ
そばにいなくなれば 淋しいけれど
ぼくはただ君が 幸せならいい
この歌は加山雄三の『僕の妹に』という歌で私が好きな曲の一つだ。もし神様が、貴方にもう一人兄弟姉妹を授けようとのご託宣が有ったらあなたは誰を望みますか?私は、断然妹である。私は、兄3人姉2人の6人兄弟の末っ子で小さい頃から下が欲しかった。それも"髪が長くてジャンバースカート"のよく似合う可愛いい妹が!今日は何と『妹の日』だそうだ。姉妹型研究の第一人者である畑田国男氏が提唱した日で、妹の可憐さを象徴する星座、乙女座の中間日の前日が適切との判断から9月6日となったそうである。
畑田氏が代表をつとめる「妹の日」推進委員会では、日本妹大賞を制定、発表している。ちなみに1992年の受賞者は、マラソンの有森裕子、水泳の岩崎恭子、柔道の坂上洋子のバルセロナ五輪メダルトリオ。特別賞に100歳の双子姉妹の妹、蟹江ぎんさんが選ばれたそうである。選別の基準が良く判らないが、私なら今誰を選ぶだろうか?宮崎あおい、上戸彩、上野樹里?妹のイメージとしてはいずれも少しとうが立ち始めているかな?コマーシャルなんかでよく見かける私の理想的な妹のイメージの女の子がもう一人いるのだが、どうしても名前が思い出せない!(;一_一) 思い出したらご報告しますが、あなただったら誰を選びますか?
<あなた『妹』のイメージはどの娘(こ)?・クリックすると大きくなりますよ>
2011年8月26日(金) ≪「孫川柳」≫
「孫の話題は川柳にならない」という人がいる。川柳というのは、日常生活の中で人生の機微やハッとするような光景、或いは矛盾などを五・七・五の言葉に乗せて面白おかしく表現するもので、「孫はかわいい」式の川柳では、川柳と言えないということなのだろう。しかし私はそうは思わない。「さもあらん」ということを、センス良く聞く人や見る人に訴えれば、そこに凡庸ではないものが出来上がる。まして、誰もが孫の時代を経験し、いずれ孫を持つ年になる。周りを見渡せば、親戚や友人にもそのような境遇の人も多い筈だ。
そこで私は、孫の事を表現した川柳を探してみた。ここで、しかりと思ったり面白いと思ったものを紹介してみよう。
・玄関に 耳そばだてる 里帰り
・孫来る日 堅い決意の禁煙日
・孫たちに "じいじ"と呼ばれ 破顔する
・呼びなさい ばばにバーバラ ジジ・ジョージ
・添い寝して 先に寝つくは おばあちゃん
・この本は まだあるのかと 孫に買う
・「本読んで」 ちいさなおしりが 膝にのり
・老眼鏡 なくても読める 孫の本
・読み聞かす カラオケもどき 酔いしれて
・孫自慢 する人の気が 今わかり
・いきてやる 孫の船出 見るまでは
・効きめあり 孫の笑顔 薬より
私には、6歳と4歳も孫がいる。孫と過ごす時間は、過去に経験した事がない楽しい一時であると同時に、老いを感じる時間でもある。そう、孫の成長は、自分たちの悲しい〝老い"の歴史でもある。そこで、一句!
・孫の背が 伸びるごとに ちぢむ我 お粗末!
2011年3月30日(水) ≪感動メール!≫
昨日或るメールが私に転送されてきました。今、我々は大震災の被災地の子供たちに絵本や児童書を送ろうという運動を展開していますが、それに共感してくれた大手建設機械レンタル業者の1社員さんから寄せられたメールです。そのまま掲載しますので読んで頂ければ、その家庭のほのぼのとした暖かさと子供たちの優しい笑顔を想像出来ると思います。2人のお子さんは、3歳と1歳半だそうです。歳はもいかない子供たちにも、この震災の痛ましさが伝わっているようです。実は、私も目をうるうるさせて読みました。これ以上のコメントは不必要だと思いますので、じっくり読んでみてください。
『お疲れ様です。
うちにある絵本はまだまだ子ども達が読んでいるものです。
まだまだ楽しんでいるので、見なくなったり、使わなくなった
絵本ではありませんが、小さい子供を育てている立場として、
気持ちや状況を察するので、昨日子供達を集めてあげられる 絵本をたった2冊ではありますが、選び、お持ちしました。 子供達はまだ私の説明を十分理解出来る歳ではありませんが、
説明し、絵本を選びました。
ただ、最後には説明が伝わったのか?否か?子供達の方から私の
カバンの中に絵本を入れてくれました。
「だいじ、だいじだよ!」と、カタコトで言ってくれました。
1人でも多くの子供達に1日でも早く笑顔が戻ってくるように
願っています。』
2011年3月22日(火) ≪「墓参り」と親心・子心≫
早いもので、新年が明けたと思ったらもうお彼岸です。20日の日曜日に、谷中の法蔵院さんにお墓参りに行ってきました。JR日暮里駅から、御殿坂を通り初音の道を通り、香燐舎を右折し観音寺の「築地塀」の脇を抜けて谷中御廟から更にクランク型に曲がって、約15分でその天台宗のお寺に到着。と書いても、ここらをご存じない方はピンとこないでしょうが、近辺には古いお煎餅屋さんやつくだ煮屋さん、或いは一日数十食限定のビーフシチューを売るレストランや、穴子寿司で有名なお寿司屋さん、はた又金魚すくいが出来る喫茶店など、この街は一日中歩いても飽きない街なのです。
ガソリン不足が言われているせいか、いつものお彼岸よりは車の量は少ないものの、周辺の寺を訪れる人で賑わっていました。私は、お墓に花を手向け手を合わせている時に思いました。「東北関東大震災」で発生した大津波で、多くの被災された方々が、家はおろかお墓も流されたであろう事を。そして、平穏に暮らせる我々は何と幸せだろうと改めて神様に感謝しました。それから、日暮里駅に戻りロッカーに預けていた「ゴロゴロ」を引っ張り出し、巣鴨の長男の家に向かいました。「ゴロゴロ」の中身は、≪救援物資≫(^-^)で墓参りのついでに家にあったお米や水・お茶、ヨーグルトやラーメン、お菓子類を詰め込んできたのでした。
荻窪に居る二男は寧ろ、千葉に住む我々が物が買えなくて困っているのではないかと心配してくれています。彼の家は子供が小さいため、生協や「ラディッシュ坊や」で食品を買い求めているせいか物資が豊富だとか?心配する私に逆に足りない物を届けようかと言ってくれました。その日は、18日の夜に孫娘と行く予定になっていた原宿のサーカス「クーザ」が中止になった替わりに、「ウノ」や「ダイヤモンドゲーム」、「トランプ」などで遊び、久し振りに楽しい日を過ごしました。
法蔵院さんの「こぶし」がきれいでした。右は、「谷中お散歩マップ」(クリックすると大きくなります)



