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7月15日(木)   ≪鳩山由紀夫が別れを惜しんだ「はま勢」≫

はま勢.JPG 昨晩、正月以来長男・次男とその家族を含む藤本家一党8人がJR大塚駅前の或る店に打ち揃った。その店の名前は、「はま勢」、今週末で四半世紀に亘る歴史を閉じる。その店のオーナーは丸山守康氏で、私の二男篤嗣(あつし)の妻由紀乃の父親である。彼は、昭和15年生まれで今年「古希」を迎えるが、青山学院時代に当時としてはやる人も少ないスポーツだったアメリカンフットボールで明け暮れていたらしい。今でも毎日トレーニングを欠かさない偉丈夫であるが、小柄で淑(しと)やか、それでいてしっかり者の奥様千眞子さんとは或る意味好対照だ。お二人は、慰労の目的で行った我々家族のため逆に昨日は貸し切りでもてなしてくれた。

彼の性格は、例えれば長嶋茂雄タイプで細かなことに頓着せず、人と会話してる時は絶えず笑顔を絶やさない好漢である。つい最近も、総理大臣を辞したばかりの鳩山由紀夫氏がわざわざ別れを惜しんで、寄ってくれたらしい。弟の邦夫氏も或る日、ぶらりと寄ってくれたという。彼は元々画家志望?だったらしく二男夫婦の結婚式のパーティのウエルカム・ボードには、彼自身の手になる若い二男夫婦が互いに見つめ合う油絵が供されていた。従って、ガラス窓他に張られた絵や「お品書」は、全て彼の作品である。彼にとって、ラガーマンだった二男は、似たような格闘技兼ボールゲームをやる同士であり、大の仲良しだ。

写真を撮り損ねたがもう一方の壁には、大柄な彼と市ヶ谷自衛隊駐屯地で45歳で自ら命を絶った小柄な「憂国の士」、三島由紀夫が肩を並べた珍しい写真が飾ってある。何でもウエイトトレーニング仲間だったらしく、当時から三島は常々「死に方というのは、人間の生き方と同じで非常に重要だ。僕は文士として死にたくない。絶対に嫌なのだ」と言って憚らなかったらしい。この店は、来週から解体業者が入って解体し始める事になっているらしく、さぞかし断腸の気持ちと思いきや、ご本人は元々70歳までと決めていたらしくサバサバしたものだ。寧ろこれからは夫婦で旅行や趣味の領域の何にでもチャレンジ出来ると奥様の千眞子さんも満足げである。

斯く言う私も実は第一線での商売は70歳までと心に誓っているが、果てさてその通り実践できるかどうか不安の毎日である。昨日は物事を成し遂げたお二人の優しい笑顔が、やけにまぶしく見えたのだった。

iri9guchi.JPG 100714_184403.JPG ガラス.JPG

<ガラスの張り紙や「お品書き」は全て丸山氏の作品。カウンターの写真には孫の梨々花蒼太郎の頭が写っている>