6月9日(水) ≪作ったバーバリーのワイシャツがない!≫
今年の初めに「船橋東武デパート」で作ったワイシャツ3着の内、最近紺のストライプのワイシャツが無い事に気づいた。全て襟と袖を白にし、地はブルー・えんじの縦じま・紺とブルーの縦じまで誂え、左の袖口にそれぞれ色とデザインを違えて私のイニシャルを縫い込んだものだ。私ほどの身長(186cm)になると、昔はスーツやワイシャツのレディメードが合わずに、誂えたものだが最近は新宿伊勢丹など多くの百貨店に大きいサイズのコーナーがスペースで割いている為調達可能で、従ってワイシャツのオーダーもめっきり減っていた。
よくよく考えてみると、どうも二人の息子たちに来る度に私のネクタイやシャツ等が減っているので、二男の篤嗣(あつし)に聞いたところやはりそのワイシャツを持って行ったそうな。「イニシャルがTでAと違うけどいいのか?」と聞いたところ、「一向に構わない」と言う。某損保会社に勤める彼は、たまたまそれを見た顧客から「何故?」と聞かれた際も、堂々と「親父の奴を失敬してきた!」とのたまう由。そうすると必ず相手から「親父さんも大きいんですね!」と驚かれるという。それもその筈、32才の彼は今年の春まで会社のラグビー部のキャプテンを張っており、最近リターヤーしたものの身長が184~5cm体重約90kgの堂々たる体躯をしているのだ。
長男のもやはり学生時代にはラグビーをやっていたため、身長180~181cmとひと回り小さいものの普通の人から見ると大きい方である。彼は、小さ目の私のものを持っていくようだ。但し、二人とも少し派手目の私のゴルフシャツは、趣味が合わないようで絶対手をつけようとはしない。そうそう、オーダーワイシャツと言えば昔こういう事があった。私が35才の1982年(S57)に、九州福岡に転勤したのだが、家を見つけに先乗りし際、オーダースーツとオーダーワイシャツを着て行った。
スーツは当時何時も誂えて貰っていた文京区白山の「工藤洋服店」で作ったガラス繊維を織り込んだ明るくて光沢の有るブルーの背広だった。ワイシャツは池袋西武で作った赤のタータンチェック模様の見るからに派手目のもの。ベルトも当時流行っていたセリーヌの大きなバックルのものだった。ところが行く先々の不動産会社でまるで相手にしてくれないのだ。会社が予約を入れていた不動産会社まで、事情を話して始めて物件を紹介してくれる有り様だった。よく事情を確認した処、11月と言う事もあって年の暮れに関東から派手な格好をしたヤクザものが流れて来たと思ったらしい。
それから年を重ねた今、又少し派手目のものを着ようと思っているが、"過去の轍を踏まないよう"今度は上品な?ものにしようと考えている今日この頃である。(*^_^*)
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