08
Jun

6月8日(火)    ≪刺青(いれずみ)≫

昨日ブログで触れた事に依り、ふと≪刺青≫の事を調べみた。元々我が国に於いては、縄文時代に作成された土偶の表面に見られる文様 は、世界的に見ても古い時代の刺青を表現したものと考えられる。縄文人と文化的関係が深いとされる蝦夷アイヌ民族の間に刺青文化が存在したため、これも傍証とされるそうだ。私が≪刺青≫を最初に意識したのは、学生時代に読んだ高木淋光(あきみつ)の「刺青殺人事件」である。1948年初刊のその本の主人公野村絹枝の背中に彫られた≪大蛇丸≫に関する記述が誠に艶めかして、グイグイとストーリーの中に引き込まれた事を憶えている。

その他にも≪刺青≫を題材にした小説には、谷崎潤一郎の短編小説『刺青』や藤沢周の同名小説、或いは最近では若干二十歳で芥川賞を受賞した金原ひとみの『蛇にピアス』等外国を含めると結構沢山あるようだ。ところで、≪刺青≫は何のために痛い思いをして彫られるようになったのだろうか?一つは個体識別のためである。危険な職業である軍人や漁師が万一大怪我や死に至った時の識別に≪刺青≫が有効なのである。囚人たちの識別にも古くから用いられており、ナチのアインシュビッツ収容所のそれは有名である。

一つは刑罰である。 罪を犯した者に対して顔や腕などに刺青を施す行為は、古代中国に存在した五刑 のひとつである(ぼく)・(げい)と呼ばれた刑罰にまで遡るとされる。墨刑は額に文字を刻んで墨をすり込むもので、五刑の中では最も軽いものだったらしい。もう一つはサブカルチャー性的装飾である。ヒッピーや若者たちが自分を表現するために施した「タトゥー」が前者で、主に性的サービス業に従事する女性が、男性の性的興奮を高める性的装飾として女性器の周辺に施す文化が各国に存在しており、それが後者である。

我が国では古くからくとび職を中心に≪刺青≫を入れる習慣があったが、当時は入れ墨(江戸時代の刑罰に由来し否定的なニュアンス)とか彫り物 (芸術性を認識した肯定的なニュアンス)と呼ばれていた。日本で暴力団員の多くが、施している事が知られているが、これは痛さに耐える勇気の証と今後は普通の生活には戻れないんだという意味を込めたものである。昔は、同じ針を用いたためC型肝炎にかかるケースが多く短命であったが、医学の進歩によってヤクザも最近は長生きになったのである。 180px-Figurine_Dogu_Jomon_Mus%C3%A9e_Guimet_70608_3.JPG

                    ≪刺青≫を施した土偶(×をクリックしてください)