2月17日(水) ≪日本電産サンキョー≫
昨日のバンクーバー冬季オリンピックのスピードスケート男子500Mで、≪日本電産サンキョー≫の長島選手が銀メダル、加藤選手が銅メダルを獲得した。私のスピードスケートでメダル1個という予想が、嬉しいかな既に外れた訳だが日本電産サンキョーという会社名を聞いて"旧三協精機製作所だな"とピンと来た。と言うのは三協精機は過去に清水宏保や大菅小百合、島崎京子古くは長久保初枝等を輩出したスケート界では世界的に知られた会社だったからである。
三協精機がスケート界にデビューしたのは、1953年(昭和28年)で、スケート部が発足する4年前のことである。その年に地元の高校を卒業したばかりの志賀園子選手が、三協精機のスケート選手第一号として入社した。この時点では未だスケート部はなかったが、このたった一人の若い選手は、入社早々頭角を表し、3年後の1955年(S30年)の全日本選手権では、総合で3位になるなど活躍したそうだ。その後、1957年(S32年)浜文恵と佐藤輝子の2名が入社し、選手が3名となり正式にスケート部が発足した。特に浜文恵は、このシーズンの全日本選手権で初出場で3位という快挙を成し遂げ、スピードスケート界での三協精機の地位を一気に高めたのである。
一方1958年に創部された硬式野球部は一時は社会人野球の強豪としてプロ球界に数々の人材を輩出し、1974年の第1回社会人野球日本選手権で優勝したが、1978年に休部となった。その後経営危機に陥り、2003年10月に≪日本電産≫の約54%の出資を得て 現在に至っている。ところで日本電産とは、どんな会社であろうか?同社は精密小型モーターの開発・製造において世界一のシェアを誇り、資本金665億円売上が単体で1343・連結6134億円でニューヨーク証券取引所東京証券取引所第一部、大阪証券取引者第一部上場している大企業である。
創業者であり現社長の永守重信氏は、強烈なカリスマ性でも知られていて京都から長野県の三協精機に毎週通って1円の無駄も見逃さない永守流で三協を蘇らせたのである。2003年に竣工した京都市南区にある本社ビルは、地上22階・地下2階、高さ100.6mの高層ビルで伏見区の京セラ本社ビル(高さ95m)を抜き、市内は勿論のこと京都府内初の100mを超すビルである。社長室は最上階にあり、京セラの本社ビルを見渡せる位置にあるそうだ。又、その場所は桓武天皇が784年に造営した長岡京の遺跡の一角にあたっていて、当初の設計を大幅に変更して施工され、地下に遺跡を現状保存していると言う。今後これを機に、同社に注目して行きたい!
<(上)三協の第一号選手の志賀園子さんと現在の選手たち(下)>



