2010年1月13日(水) ≪蕎麦か?うどんか?≫
私は、無類の麺類好きである。普段会社に行く時は弁当を持参するが、弁当がない時や外に出掛けた時などの昼食は、従って麺類を食べる事が多くなる。日本蕎麦からうどん、ラーメンやスパゲティ等何でも御座れであるが、最近では太るので脂っこいラーメン等は極力我慢するようにしている。TVのコマーシャルにつられ、昨晩「週刊江戸」を買って読んでいたら江戸時代の"暮らしの大全"の食(グルメ)の欄に、≪蕎麦か?うどんか?≫という記事が載っていた。
それによると、江戸時代末期の風俗を記録した『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という随筆には、「京や大坂ではうどんを好む人が多く、又麺類を売る店も、もっぱら、うどん屋と称す。江戸では蕎麦を好む人が多く、商人も、蕎麦の販売をもっぱらとしていて、うどんが売られる場合は、蕎麦の傍らでそれと兼ねて販売されている」と明確に解説されて居り、関東人の蕎麦好きと関西人のうどん好きは、江戸末期まで遡っても良さそうだと記されていた。私も九州に居た小さい頃は、もっぱらうどんを食べていたし、当時の大晦日の「年越し蕎麦」も何故かうどんが多かったように記憶している。
元々江戸でも寛政年間(1789~1801)以前は、うどん屋さんが主流であったが、18世紀半ば頃から蕎麦屋さんが台頭して来たようである。最近蕎麦が好きになった私は、年に何回か、かの有名な明治13年(1880年)創業の「かんだやぶそば」に"せいろ蕎麦"と"天たね"(芝海老のかき揚げ)を食べに行くことが有る。「やぶそば」の青みがかった蕎麦は、創業者七兵衛が夏場のヒネの時期にそばもやしの青汁を打ち込んで清涼感と新蕎麦の青みを出そうと工夫したものらしい。のど越しもよく、つけ汁も絶品で値段だけの事は有るし、何と言ってもオーダーの際の符丁が昔乍らで風流なのが好きだ。
昔、知り合いから面白い話を聞いた事が有る。或る九州の田舎者?が夏場に上京して割と有名な蕎麦屋さんに入り、暑いので型通りうどんのせいろを注文し、瞬く間に平らげたという。そこで蕎麦を食べていた周りの人達を見回すと、全員が蕎麦湯でつけ汁を飲んでいたので、東京ではそうするものと思い込み自分も怪訝な顔をする店員に、うどん湯を注文し真似をして飲み干したそうだ。旨くも何ともない汁を飲んで初めて事の次第を察知した彼は、バツが悪そうに口の周りに付いた白い粉汁を、急いで吹き取ったそうな!(●^o^●)
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〈週刊「江戸」の記事と「かんだやぶそば」の"せいろ蕎麦"とてんたね"〉



