11月27日(金) ≪ジークンドー・マスター、ブルース・リー≫
カナダ国境から180kmのワシントン州シアトル市内にある墓地に、≪ジークンドー・マスター、ブルース・リー≫と刻まれた墓標がある。言わずと知れたカンフースター、ブルース・リーのお墓である。彼は1973年に32歳の若さでこの世を去ったが、彼が生まれたのが1940年(S15年)の今日11月27日である。名前の前に刻まれている"ジークンドー"とは、彼が編みだした武道、「截拳道」のことでカンフーの技術に、空手、ボクシング、サバット、合気道、柔道などさまざまな格闘技のエッセンスが取り入れられているものらしい。又、日本語読みでは"せっけんどー"と言うらしい。
彼は、アメリカのサンフランシスコで生まれたが、香港の九竜に戻り子役として多くの映画に出演する。その後18歳で再びアメリカに戻り、ワシントン州立大学在学中に自らが考案したこの"截拳道"の道場を開設した。その6年後にロング・ビーチで行われた世界空手トーナメントでの模範試合が注目され、ハリウッドのアクションを指導するようになり、門下生には私も大好きなスティーヴ・マックィーン、ジェームズ・コバーンなどのハリウッドスターも名前を連ねたいたらしい。
その後「グリーン・ホーネット」というTVシリーズ出演したが、彼を一躍有名にしたのは何と言っても、登場シーンの音楽がカンフー映画の代名詞となった1973年に制作した「燃えよドラゴン」である。この映画は世界的に大ヒットし、私たちも学校内で俄かヌンチャクを作り、彼のアクションを真似したものである。実は、彼はこの「燃えよドラゴン」公開直前に謎の死を遂げていた。一般的には、脳腫瘍と言われているが、一説には麻薬中毒ではないかと噂されている。
何れにせよ、全盛期に亡くなっており彼のカリスマ性は今でも絶大である。彼の時代には『K-1』は未だ生まれていなかったものの、魔裟斗(マサト)と戦わせてみたかったと夢想するのは私だけだろうか?



