18
Oct

10月19日(月)   ≪兄弟の旅行で彦根城に!≫

昨日の朝8時過ぎの新幹線で、東京を発ち名古屋でバスに乗り換え、滋賀県の琵琶湖にやって来た。年に一度の私の兄弟旅行である。長兄、次兄の二人は既に亡くなっているので、その連れ合いの義理の姉二人と直ぐ上の兄貴夫婦の5人連である。ワイフは、未だ風邪が抜けきれず留守番だ。昨日は、国宝の≪彦根城≫と「近江八幡」、そして夕闇で見えなかったが「瀬田の唐橋」を周遊した。わが国には、≪彦根城≫を含む四つの国宝のお城が有るのを皆さんご存じだろうか?残る三つとは、姫路城、犬山城と松本城である。

徳川四天王の一人・井伊直正は、1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いの後、その軍功により18万石にて近江国北東部に封ぜられ、西軍指揮官・石田三成の居城であった佐和山城に入城したが、その立地条件と三成の居城であったことを嫌い、湖岸に近い磯山(現在の米原市磯)に居城を移すことを計画していたが関ヶ原の戦いでの戦傷が癒えず、1602年(慶長7年)に死去した。 その後直継が家督を継いだが、幼少であったため、直政の遺臣である家老の木俣守勝が徳川家康と相談して彼の遺志を継ぎ、1603年(慶長8年)琵琶湖に浮かぶ彦根山(金亀山、現在の彦根城の場所)に≪彦根城≫の築城を開始したのである。

私も見ているNHKの大河ドラマ「天・地・人」では今、「関ヶ原の合戦」が終わり西軍三成方に味方した上杉が家康に減石されて、米沢に所代えされるという終盤の佳境に入ったところである。今日、≪彦根城≫の天守閣に上り遥か琵琶湖を眺めた時には、悠久の昔に立ち戻った心持がした。今日は、最澄が興した天台宗の総本山である比叡山延暦寺を訪れる予定だが、多くの高僧を輩出した仏教の聖地では、はて何を感じ取ることが出来るのだろうか? 彦根城.jpg 八幡掘り.jpg

 

 

 

 

 

               <左・彦根城の天守閣から琵琶湖を望む/右・近江八幡の八幡掘り>