07
Sep

9月7日(月)  ≪床屋さんと月代(さかやき)の起源≫

私は、≪床屋さん≫に行かずに家で髪を切る。要するに、家内に髪を切って貰っているのだ。決して≪床屋さん≫が嫌いと言うわけではないが、≪床屋さん≫では中々思い通りに切って貰えず,気に食わない事が多い。その点家内は私と連れ添って40年弱、私の事を熟知?しているので素人ながら、最近では少なくなって白くなった私の髪を見事に刈り上げてくれる。子供達に手が掛かる時代を除いて、結婚生活の半分くらいは彼女に世話になっている為、私にとってその経済効果も大きい。(●^o^●)

ところで≪床屋さん≫は、いつ頃に始まったのだろうか?調べてみるとその起源は鎌倉時代らしい。亀山天皇(1259~1274年)の時代に、京都北面の武士の藤原晴基は、御預かりの九龍丸の宝剱の紛失の責任から浪人し、子息の采女亮(うねめのすけ)とともに、当時、蒙古襲来で風雲急を告げる下関へ下り、往来の武士を客として月代(さかやき)そり髪結業を営み探索を続けたという。月代とは、頭の前頭部から後頭部まで半月状にそり上げる事を言い。『さか』は冠の意味で、『やき』は鮮明という意味で、兜をかぶる時蒸れるためそり上げたのが最初らしい。

平安時代の後期から始まり、室町・鎌倉時代に定着したこの風習、江戸時代には町人まで広がり、成人するといくつかの職業を除く全ての人々が実施したそうな。その職業とは、公卿、浪人、山伏、学者、医師、人相見、物乞いなどであった。この髪型は、江戸後期になってだんだんそり上げ部分が狭くなり、明治の断髪令まで続いたそうだ。その月代残念ながら我が家で復活しつつある。NHK大河ドラマの石田三成のような良い男の月代は許せるが、私の半頭(月代の別称)は頂けない! うね女亮.JPG 床屋.JPG

<理髪屋さんの元祖、采女亮(うねめのすけ)と発祥地である下関にある記念の石碑>