7月7日(火) ≪七夕とソフトクリーム≫
今日は≪七夕≫である。私は、≪七夕≫の頃になると『牽牛と織姫夫婦』の事より、先ず≪ソフトクリーム≫を思い浮かべる。というのは私が小学校の1年生の時、九州福岡市から親父の転勤で同じ福岡県内であるが、鞍手郡鞍手町中山町という炭鉱町に移り住んだ。大都会の福岡市に比べ、傍らに有るものと言えば、田んぼの緑とボタ山(不良炭を集めて数十メートルの高さまで積み上げたもの)、そしてフナや鯉が泳ぐ美しい川だけであった。
当時、私を小学校2年生の終わりまで優しく指導してくれた若い担任の先生が、『森田恭子先生』である。私が7,8歳の頃だから、彼女が24,25歳だとすると一回り以上年上なので、今では70歳はゆうに超えているだろう。ふっくらとして切れ長の目をした<弥勒菩薩>のような穏やかな人だった。都会育ちで甘えん坊の私は、淋しさの余り彼女に思いっきり甘えた。そして彼女も何故か?私の家にしょっちゅう遊びに来てくれたが、今では到底考えられない事でる。
丁度休日と重なった2年生の≪七夕≫の日、彼女は担任の生徒の希望者を、『課外授業』と称して福岡市に連れて行ってくれた。私が参加したのは言うまでもない。岩田屋デパート(今は岩田屋伊勢丹?)の食堂で食事の後、彼女はポケットマナーで参加した生徒全員に≪ソフトクリーム≫をご馳走してくれたのである。その辺りに地の利がある私は、したり顔で皆に説明し後、やおらホルダーに乗っている≪ソフトクリーム≫を食べようとして口に運ぼうとした時、手が滑り誤って床に落としてしまった。
床に刺さった≪ソフトクリーム≫をじっと見つめる藤本少年の顔は、想像に難くない。憐れな?顔の私を見た『森田先生』は、間髪を入れずすくっと立ち上がり改めて食券を買いに行ってくれたのである。折しも≪ソフトクリーム≫の第一次ブームの時で、子供心にこんな美味しいものはないと感じていた私は、彼女の自然な立ち居振る舞いがやけに眩しかった。≪七夕とソフトクリーム≫の淡い思い出は、彼女が"初恋の人"かもしれないと思い起こさせてくれる。『今、会いたい人は?』と聞かれたら他人としては、先ず彼女の名前を挙げるだろう!



