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12月18日(木) ≪勝海舟という男≫
今週の日曜日で、好評だったNHKの大河ドラマ『篤姫』が終わった。私も殆ど欠かさず見たが、終盤で文字通り重要な役割を演じたのが、北大路欣也扮する≪勝海舟≫である。彼は、江戸城の無血開城のために1868年(明治元年)3月に旧幕府軍の代表として新政府の総大将である西郷隆盛と対峙した。
ドラマの中では、巻物に装丁された『天璋院篤姫の西郷宛ての書簡』なるものが映し出されるが、実際の中身は、「自分の存命中に当家をつぶすとあの世に行っても面目が立たず、その事を思うと不安で日夜寝食も十分とれずに悲嘆しています」と心情を吐露し、ただひたすら徳川家の存続を嘆願した書簡だったらしく、大きな影響を与えたものではなかったらしい。
というのも、西郷隆盛はその4年前の1864年の10月(元治元年9月)に彼と最初の会見を行っており、その際、鹿児島にいた同志の大久保利通に、『ひどくほれ申し候』と≪勝海舟≫を賞賛する手紙を送っていて、既に一目も二目も置いていたようだ。要するに江戸の街を、火の海にしても日本国と徳川慶喜を守ろうとした彼の気迫に負けたのである。
≪勝海舟≫の語録の中に、『日本国のことを思って徳川300年の歴史を振り返らなかった』とある。又、将軍家茂に拝謁した際、幕府の老中から日本とアメリカの違いを聞かれ、『米国の高い地位にあるものは、皆その地位相応に賢うございます』と堂々と答えている。もし、彼が生きていたら今の麻生政権の政治・経済運営を何と評するであろうか?
最近、隅田区の両国公園にある「≪勝海舟≫誕生之地」や隅田区役所内の敷地に建つ≪勝海舟≫像を訪れる人が増えていると聞く。 出でよ現代の≪勝海舟≫か!!
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