10月20日(月) ≪渋柿の苦い思い出≫
昨日孫と近所を散歩していたら、秋を感じさせる柿の実がたわわに木にぶら下がっていました。私は、爽やかな風が吹く秋が好きです。冬の匂いがする、もの悲しい秋が好きです。桜や色んな花が咲き乱れ花粉が飛び交う春よりも、紅葉が美しい秋の方がずーと、ずーと好きです。それは、『味覚の秋』だからかも知れません。
でも、秋の味覚の一つである柿は食べません。食べて死にかけた事があるからです。それは半世紀以上前のことでした。当時九州福岡市に住んでいた私は小学校1年の終わりに親父の転勤で炭鉱町に移り住むことに成りました。今の福岡県鞍手郡鞍手町中山というところで、私の少年期の思い出が沢山詰まっている素晴らしい田舎町です。そこで初めて都会育ちの私が、小鮒釣りやザリガニとり、山芋掘りやヒバリの巣探しを覚えました。
転居したての秋のある日、悪ガキ連中につれられ山に入り≪渋柿≫を採って皆で食べたのです。ところが、家に帰った途端急に具合が悪くなり下痢がおさまらないため、親父の会社(三菱)が経営する病院に担ぎ込まれました。病名は当時としては珍しくもない<疫痢(えきり)>という病気でした。ひきつけを起こしたた時、亡き母がとっさに私が舌を噛まないようにと自分の親指にタオルを巻きつけ私の口に押し込んだそうです。後で、「それはそれは痛かったよ!」言っていた母が懐かしく思い出されます。
当時は、まだ点滴がなくて栄養補給のために両モモに大きな注射でリンゲルという薬を打ち、熱いタオルで揉み解すという辛い治療も何度か体験しました。私が九死に一生を得たのは金縁の眼鏡をかけた年の頃は30過ぎのインテリ風の優しい先生のお陰です。暫くその恩人の名前を覚えていましたが、今は忘れてしまい思い出せません。
それから、私は柿を食べたj事がありません。これからも食べることはないでしょう!でも<柿の種>は、ビールのつまみとして最高です。
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(公園で遊ぶカミさんと孫)



