06
Oct
10月6日(月) ≪我が家の庭の灯篭は親父の形見・・・≫
我が家には、「猫の額」ほどの庭がある。約20年程前に家を購入した際、私がその「猫の額」ほどの庭の半分を和風に、もう半分を芝生を敷き詰めた,所謂洋風に設計した。私は、中学時代の昭和36年に九州福岡から親父の転勤で、東京に来て約半世紀となるが、最初は西荻窪の社宅に住み、その2年後親父が、西東京市に(以前の保谷市)家を買って移り住んだ。
私の庭の設計は、その家の庭を模したものである。当時の庭は、私の記憶では我が家の庭の約3倍程の広さがあったように思うが、何でも高名な庭師が設計したものらしい。親父とお袋は子供達が独立した後、横浜に転居したが、その家の庭も同じ庭師が灯篭を含め一部移築して造ったという。
平成2年に親父が亡くなった時、葬儀はその横浜の自宅で執り行なった。その際、弔問客の今は亡き山田レンタルの社長である山田明氏が私にこう言ったのである。「藤本さん、この庭にあるあの灯篭は大事にしたほうが良いよ!何故って、全く同じ灯篭が金沢の≪兼六園≫に有るからだよ」と。彼は、骨董品の収集家ではちょっと名の知れた人だったので、真偽の程は判らないが、その言葉がずーと耳に残っていた。
その後、お袋も親父を追うように逝ってしまったが、数年前に横浜の家を処分した際に、その灯篭だけは、家内の反対を押し切り、顧客である造園業の方に依頼して今の家の庭に移築した。この灯篭だけが、唯一私の手元に残った両親の形見であり、眺める度に親父とお袋のことを思い出すのである。
さて、私達がこの世に居なくなった後のこの灯篭の運命や如何に?
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≪兼六園の灯篭と同じもの?≫



